Tunisia - チュニジア旅行記

チュニジア旅行記



(カルタゴ博物館からの眺め)


2006年11月3日 16日目後半 カルタゴ 雨のち曇り



Musée National de Carthage(カルタゴ博物館)を目指しながら、Brysa地区を歩いた。
やしの木が立ち並ぶ坂道を上り、脇道を入って行くと、大きな教会が見えた。
Ancienne Cathédrale Saint-Louis(サン・ルイ大聖堂)のようだ。
博物館の入口がその横にあったので、とりあえず中に入ってみると、眺めの良さに驚いた。
カルタゴ湾やチュニスの街が一望できる。
午前中に見たローマ人居住地跡より、アントニヌスの共同浴場より、残っているものが多く、迫力があった。
昔がどうだったかまではやはり想像できなかったが、ローマ人特有の下水道はきちんと残っていたし、
遺跡の中を歩いている実感があって大感激だった。





一通り外を歩いてから、博物館の建物の中に入った。ここでもやはりモザイクに出会った。
1階は大理石で出来た棺や、ローマの勝利を祝う巨大な石像などがあり、
小物でもガラス製品の保存状態の良さや、陶器の遊び心に感心させられた。

2階に上ると、カルタゴの復元地図があった。
栗が話してくれたように、ここは丸い形の港だった。その横に商業用の港があり、
今朝見たアントニヌの共同浴場や数々の家、劇場、小劇場なども描かれていて、
カルタゴがいかに大きな街だったかということを改めて知った。
あまりの素晴らしさにしばし地図に見入ってしまった。

2階の見学では、棺に入った人骨に驚いた。
1984年に発見されたものだそうで、人骨は紀元前6世紀のものらしい。
保存状態が良く、頭の先から足の指までしっかり配置されていた。
あやぴー、釘付け。。。(普通、女の子は嫌がりそうなのに。笑)
他には、この辺りで発掘されたお皿のかけらや、装飾品、銅貨などがあり、
思いのほか興味深い見学となった。あやぴーは最後にもう一度と言って、ガイコツにお別れを言った。

博物館を出て、サン・ルイ大聖堂は見学せずに元来た道を戻った。
quartier Magon(マゴン地区)という海の前にある居住地区に寄る。
波を小さくする防波堤のようなものは今でも残っていたが、それ以外はあまりわからない。
係員が小屋に模型があると案内してくれた。
中に入るや否や、カルタゴの古いコインを買わないかと持ちかけてきた。もちろんお断りした。
(ここは特に見るべきものがないので、時間のない人は飛ばしちゃっていいと思う。)

そのまま海沿いを少し歩き、それからブーゲンビリアが咲き乱れる静かな住宅街の中を進んでいった。
しばらく行くと、カルタゴ港があったと思われる場所にぶつかった。
あちこちに釣り人がいて、のどかな雰囲気。面影はもうほとんどなく、単なる池のようである。
真ん中の丸い島はかろうじて残っていたが、周りを囲む水場はかなり縮小されている上に、
海への出入口もかなり狭くなっていて、悲しいほど昔の華やかさは感じられなかった。
隣接する商業港跡の方にも行ってみたのだが、そちらはさらに寂しくなっていた。。。



(カルタゴの港があった場所。丘の上にあるのはサン・ルイ大聖堂やカルタゴ博物館。)


郷愁を感じながら、TOPHET(トフェ)を目指す。トフェは、カルタゴ人が子どもを生贄にする儀式を行っていたとされる場所。
夕暮れ時だったこともあり、曇っていて、暗くて、寒い。ものすごく寂しい印象を受けた。
ものすごい数の墓碑があったのだが、それは生贄として殺された子どもの魂を祭るためのもの。胸が痛んだ。
一通り周ってみた後、洞穴があったので中に入ってみると、そこにも墓碑が置かれていた。
ちょっと恐いと栗に告白すると、太極拳の先生から習ったという悪霊除けのポーズを教えてくれた。
でも、それをここでするのはかなりはずかしい。
正直にそう言ってみると、自分の顔を思いっきりひっぱたくように言われたので、それを試してみた。
うん、これはいける。あやぴーの体も叩いてあげた。すると、痛いと言って泣かれてしまった。(汗)
代わりに、あやぴーが持っていた犬のぬいぐるみを叩くことにした。あやぴー、ゴメン。。。(汗)

トフェを出て、カルタゴ見学は終了。電車の駅に向かった。見学しながら三駅分歩いたことを喜ぶ。(実際はぐるぐる
回ったからもっと歩いているけど。)。帰りの電車は混んでいて座れなかったのだが、あっという間にチュニス駅に到着した。
「抱っこ!」とパパにおねだりするあやぴーをなだめすかせ、何とかホテルまで歩いてもらった。

ホテルについてから手持ちの現地通貨がいくらあるか計算し、荷造りを少しして、UNOで遊んだ。お風呂に入った後、
ぬれた折たたみ傘を干しておこうとリュックの中を見ると、栗の傘がない!・・・どこかに置いてきてしまった模様。
も~っ!!!(怒)
栗は、あやぴーのヨットパーカーに、レインコートに、犬のぬいぐるみにたまごっちまで持たされて、ごちゃごちゃになっていたので気がつかなかったとの弁。確かにそういうときがあったけど、けど、けど!!!

しかし、失くしてしまったものを今更どうこう言っても遅いので、仕方ないと諦めることにした。
日本製の軽くて小さくて優秀な折たたみ傘、誰かが拾ってくれているといいな。

夕飯に出かける。
今日は最後の晩餐なので、アルコールが飲めるお店にしようかとガイドブックを見て探したのだが
(イスラム教ではアルコールが禁じられているので、地元の人が集まるようなお店ではアルコールは置いていない。)、
ガラガラに空いているお店か、入口に掲げられたメニューにフランス人観光客が群がっているお店のどちらかしかなかった。
ワインを飲むのは諦め、また昨日と同じお店に行くことにした。

今日もおばちゃんやウエイターの面々が温かく迎えてくれた。あやぴーにはトマトソースのスパゲッティを注文し、
栗は魚のスープ、私はブリックをまずは前菜に頼んだ。栗に一口魚のスープをもらう。ちょっとスパイシーでおいしい。
ブリックにナイフを入れると、中からトロッと卵が出てきた。う~ん、幸せ♪

メインは栗がうずらのグリル。付け合せはフライドポテトとチュニジア風サラダ。グリーンピースの煮込みも出てきた。
私はオジャ。メルゲーズを頼んだのだが、メルゲーズがなかったので、nature(ナチュール=何もなし)でお願いした。
カレーを思い出させる味。辛いけどやっぱりおいしい。ソースをぬぐうのに、いっぱいパンを食べてしまった。

食後にミントティーを頂く。帰り際、レジに座っていたおばさんに明日フランスに帰るとあいさつしたのだが、
おばさんはあまりフランス語がわからないようで、3日間担当をしてくれたウエイターの男の子を通訳に呼んだ。
また次の機会にと約束し、御礼を言ってお店を出た。

ホテルに戻ってくると、スタッフの一人が私達を待っていた。
なんでも、その人は大阪と神戸に行ったことがあるそうで、日本の印象、良かったことや難しかったことを話してくれた。
他のスタッフが一生懸命語る彼を冷やかすので、可哀相だと思いつつ、私もなんだか笑ってしまった。(ゴメンね。)

部屋に戻って最後の荷造り。思いのほかスムーズに終わる。
腕時計のアラームを朝6時に設定し、念のため、ホテルの人にもモーニングコールをお願いした。
少しテレビを見て、蚊がいないかチェックした後、電気を消して眠ることにした。明日はいよいよ帰国である。


つづく。。。



夕飯を取ったレストラン

Restaurant Abid
98, rue de Yogoslavie
(Avenue Habib Bourghibaと平行している通り)
(『Guide du Routard』を参考にしました!)

家族経営の食堂っぽい雰囲気のお店です。
前菜がつく自家製メルゲーズ・プレートは
ボリュームたくさん。クスクスもおいしかったです。
レジにおかみさんがいるので、女性一人でも
入れる雰囲気。テレビもあります。

宿泊したホテル

HOTEL SALAMMBO
6, rue de Grèce
(『Guide du Routard』を参考にしました!)
超中心街という立地で決めた二つ星ホテル。
私達はとても気に入りました。
スタッフがみんな優しいし、古い建物だからか天井が広くて落ち着きます。
宿泊料金はバスルームの有無、トイレの有無、テレビの有無によって変わる模様。
朝食付きです。(バゲット、バター、ジャムに温かい飲みもの)
私達はあやぴーのことを考えてバス・テレビ付の部屋にしました。
トリプルは47ディナール(約4100円)。
一日ダブルだったんですが、そのときは33ディナール(約2900円)でした。




チュニジアへのおすすめ書籍

地球の歩き方 「チュニジア」
旅の指さし会話帳〈47〉モロッコ(マグレブ語)
Lonely Planet "Tunisia"(英語)
Michelin Neos Guide "Tunisia"(英語)
Guide du Routard "Tunisie"(仏語)
Copyright (C) 2004  <Nice kenko seikatsu> All rights reserved
サイト内全てのコンテン ツに関し、無断転載、無 断複製は固く禁じます。
コンテンツのアイデアにも 著作権があります。ご注意 下さい。