チュニジア旅行記

(ケルケナー島)
2006年10月25日 7日目後半 ケルケナー島 快晴
待ち合わせの時間より早かったが、レストランに戻ってミントティーで飲もうかと話しながら歩いて行くと、
レストランは閉まっていた。ガビーン。少し先にあるカフェを目指そうと歩き始めたところにタクシー登場。
約束の時間より早かったが、運転手さんに「乗りな。」と言われて三人で車内に乗り込んだ。お昼ご飯を食べた
レストランへ向かうと、ドイツ人とイタリア人のご夫婦も既に待機していたので、二人をピックアップして
早速出発することになった。途中のカフェでもう一人若い男の子を乗せて。
運転手のおじさんは、「ここは自分の家」、「こっちは僕のおじさんの家」と、フランス語で村の中を紹介しながら
(超個人的なガイドではあったが。笑)、細い路地を器用に進んで行った。「この道だったらシューマッハーに
だって負けないぞ!」などと言うので、みんなが笑った。ようやく大通りに出て、まっすぐな広い道になった。
塩田、羊の群れ、やしの木の森など、行きに見たものを再び見ながら船着場に向かった。
港に着き、一人1,5ディナール(約135円)の料金を支払ってから、タクシーを降りた。
栗が窓口で乗船券を購入する間、私はロビーの椅子に座り、お腹が空いたというあやぴーにクラッカーを食べさせた。
それでもあやぴーの空腹がおさまらなかったので、売店でレモン味のスポンジケーキを買わされる羽目になった。
そのレモンケーキはあやぴーの口に合ったらしく、大切にちょびっとずつ食べていた。船の時間までまだあったので、
外に出て待つことにした。夕日に照らされた海がとてもきれいだった。
乗船時間になった。夕方になり日差しが落ち着いてきたので、一番上のデッキに座ることにした。船は静かに出発。
後方の島がどんどん小さくなっていく。前方の左に夕日が見え、右奥にスファックスの工業港がうっすらと見え始めた。
夕日は少しずつ下がっていき、やがて完全に海へと沈んでいった。時計を見ると午後6時半。
日が段々と短くなってきていることを感じる。
まもなくすると船に灯りがともされた。タクシーで一緒だったご夫婦のイタリア人のご主人が「やぁ!」と手を上げながら
やってきて、栗にイタリア語で話し始めた。お互いチュニジア旅行中に気づいたこと、経験したことなどを交換しあって
いるようだ。私はイタリア語があまりわからないので、栗が時々訳してくれた。彼らは昨日、祭日でガラガラだった
メディナ(旧市街)を歩いていたそうなのだが、体を売る少年少女達に囲まれて大変な思いをしたらしい。
夫婦だと言っても、旦那さんは女の子と遊んで、奥さんはその間男の子と遊べばいいと言われて冷や汗ものだったとか。
私達も昨日メディナを歩いたけど、そんな子供達には全く会わなかったので驚いた。
イタリア人の旦那さんがショックを受けたのはそれだけではない。この国では偽ブランド品が氾濫していて、しかも、
大部分の人が何の疑問も持たずにそういうものを身につけている。イタリアでは考えられないことだと言った。
確かに私達もそのことには気がついていた。ここではまるで制服であるかのごとく、ドルチェ&ガッバーナ、ディーゼル、
アルマーニ(の贋物)がそこら中にあふれている。そして男性の多くがこの三つのうちのどれかを必ず着ているのだ。
とは言え、私達は元々ブランド品に興味がないし、ましてや他人が何を着ているかなんて見ないので、イタリア人の
ご主人ほどは気にしてなかったのだけど。。。
いよいよ船はスファックスの港に到着した。イタリア人とドイツ人のご夫妻にお別れを言う。ドイツ人の奥様が
カメラマンだと伺っていたので、WEBサイトのアドレスを教えてもらった。彼女はベリーショートの髪の毛が、
ジーン・セバーグのようにとても良く似合っている可愛らしい人。金髪のヨーロッパ女性はここではとても目立つのだが、
彼女にはこの地にいるのが当然のような雰囲気があった。穏やかで落ち着いていてだけど芯が強そうな感じ。
どんな写真を撮るのか知りたくなったのだ。
(
http://www.fotokorth.de)
彼らは明日はスファックスの魚市場に行き、写真を撮る予定だと言った。私達は明日スファックスを発つ。
ホテルに戻る道の途中でTAXI PHONE(タクシー・フォーン=プライベートの公衆電話ボックスが並ぶお店)に入り、
明日1泊だけするホテルと、明後日からのホテルの予約を栗にしてもらった。
それからインターネットカフェに入ってメールチェックしたのだが、接続がメチャクチャ遅くてびっくりした。
何でも急に2日前からこうなってしまったのだとか。私は取り急ぎ実家に無事を伝えるメールを送り、
栗は仕事関係のメールをすばやく処理した。
不思議なことにこのインターネットカフェはとても居心地の良い場所だった。受付の男の子からPCに向かうお客まで、
誰もが私のことをすぐに日本人だとわかってくれたばかりでなく、知っている日本語を一言、二言話してくれたのだ。
チュニジアに来てからと言うもの、行く先々で「ニーハオ!」と言われ続けていたので、チュニジア人にとっては
「アジア人=中国人」という図式しか存在しないのかと思っていたのだ。しかしそうではなかった。中にはわかる人も
いるのだ。そのインターネットカフェではgoogleで日本語に訳したものを見せてくれる子までいて、無駄遣いしなくても
いいのに、、、と申し訳ないやら、うれしいやらだった。接続が遅くてイライラはしたけど、周りの人たちのおかげで
楽しい時間を過ごすことができた。それに、接続状態が悪かったせいか、使用料を安くしてもらえたのはラッキーだった。
気がつくともう夜8時!あわててホテルに戻り、あやぴーとお風呂に入った。栗はその間に外に出て、ATM機で現金を
引き下ろしてきてくれた。ついでにホテルの支払いも済ませておいてくれたとのこと。ありがとうございます。部屋に
戻ってきた栗にお風呂を明け渡す。夕飯に出る頃には9時になっていた。あやぴーゴメン!
外に出るとモワッとした暑さ。夏のようだと驚いた。
今日はホテルの近くにある小さなレストランに入る。昨日は休みだったが今日は開いていたのだ。
しかし、お客が一組しか入っておらず、大丈夫かなぁと少し不安になった。でも大丈夫だった。
栗と私は魚のスープを前菜に頼んだのだが、ほっくりしていて、ちょっぴり辛くて、体が温まった。
Salade Mechouia(サラッド・メシュイア)も一緒に頼んだ。ウエイターの男の子が辛くないと宣言した通り、
辛くなかったのでホッとした。この店では緑のピーマンをグリルしたものに、トマトと玉ねぎをみじん切りにしたものを
混ぜた感じだった。あやぴーはサラダの付け合せのゆで卵とジャガイモに喜んだ。
あやぴー用に頼んだのは牛肉のグリル。一口大に切ってあげていると、良い香りが私の鼻まで上って来た。おいしそう。
お肉に添えられたフライドポテトもジャガイモから作っていて良さそう。案の定、あやぴーはお肉もポテトもぺろりと
平らげた。ポテト以外にも、緑のピーマン、トマト、スクランブルエッグが付け合せとして添えられていたそうなのだが、
それには手をつけなかった。栗が食べてみたところおいしかったそうなのだが。
栗と私は、メインにDoigts de Fatima(ドワ・ドゥ・ファティマ=ファティマの指)と名づけられた料理を頼んだ。
本来これは前菜なのだが、チュニジア料理の一つとしてガイドブックに載っていたので、ぜひとも食べておきたかったのだ。
ファティマの指は、じゃがいも、ツナ、パセリ、チーズをまぜた具を春巻きの皮で長細く巻き、油で揚げたもの。
予想通りおいしかった。食後にミントティ-をもらい、のんびり食休みしてからお店を出た。お会計は16,8ディナール。
約1500円である。安い~。

(Doigts de Fatima(ドワ・ドゥ・ファティマ=ファティマの指))
明日ホテルを出るので、部屋に戻ってから少し荷造りして床に就いた。昨晩は大変だったけど、今日は普通に動くことが
できて本当に良かった。まだ時々胃が痛むことがあるけど、便の調子は良くなってきているし、元気は完全復活。今日は
朝から晩までめいいっぱい行動し、暑い中でもたくさん歩いたので疲れてしまった。今夜はよく眠れそうだ。