少女・十四歳の原爆体験記
橋爪文

私がニースに来た当時、お世話になった友達から
「TOMOちゃんにも是非読んでほしい!」と渡された本です。
橋爪文さんは、14歳の時に広島で被爆。
やっとの思いで生き延び、その後30才結婚、出産。
病気を抱えながら、様々な葛藤を抱えながら、
世界中で原爆経験を語り歩かれていらっしゃいます。
ニース大学でも橋爪文さんの講演会が行われたそうで、
残念ながら私はそのことを知らなくて行くことができなかったのですが、
講演会に行ってきたフランス人の知り合いが
涙を流さんばかりの勢いで話をしてくれました。
私は横浜生まれ横浜育ちで、父方の家族も、母方の家族も関東出身。
周りに原爆経験者は一人もいません。
もちろん、原爆のことは知っているし、学校でも習ったけど、
最初にショックを受けたのは1993年の夏、長崎の原爆資料館に行ったときでした。
うちの夫が初めて日本に来たときで、長崎出身の友達のご実家にお世話になったんですが、
その時に資料館に連れて行ってもらったのです。
ものすごく悲しくなりました。
「どうして?」「なんで?」という疑問が次から次に湧いてきて
恐ろしさと悲しさで胸がいっぱいになりました。
それから14年。2007年の夏、初めて広島を訪れました。
と言っても、メインは宮島だったので、広島市内に行く予定はなかったのですが、
ふと延泊することが決まり、広島在住の親友が平和記念公園に連れて行ってくれました。
あいにく、原爆資料館は既に閉館時間だったのですが、
公園に入った瞬間、胸が苦しくなりました。
悲しさで涙が出そうになりました。立って歩くだけで精一杯。
そのくらい重々しい空気に包まれていました。
(興味のある方は「広島旅行記(4日目後半)」をご覧下さい。)
原爆は絶対に許してはいけない。
原爆のせいで奪われた命があることを忘れてはいけない。
「日本だって中国でひどいことをしたじゃないか!」と言う人もいる。
「戦争に負けていなかったら今頃日本は軍事国家だったよ。負けて良かったじゃないか。」と言う人もいる。
「原爆のおかげで戦争が早く終わったんだ。多くの命が救われたことに感謝しなければ。」と言う人もいる。
私は同意することができません。
どんな事情があろうとも、原爆を正当化してはいけないと思うからです。
悲しいことに、これまで地球上で戦争が止んだことはなく、
国を変えながら、場所を変えながら殺戮は繰り返されています。
何度も辛い思いをしているはずなのに、戦争の損害を見聞きしているはずなのに。。。
私達のように平和な世界に生き、飲み水が普通にあって、電気があって、医学が発達していて、
好きなときにモノが食べられるという環境に住む人口は、地球上でごくわずかしかいません。
だからこそ、水や食べものは無駄にしてはいけないし、電気を始めとするエネルギーも大切に使わないといけない。
そういうのも平和運動につながるのではないかと思う今日この頃です。
前置きが長くなってしまいましたが、
この本は橋爪文さんが広島で実際に経験されたことを綴っています。
登場人物やテーマ別に章が分けられているので重複する部分もありますが、
お話を聞いているかのようにスラスラ読むことができました。
悲しみや憤りを感じることがやっぱり多かったけど、
そんな中でも人の優しさに触れたり、草が生えてきた時の喜びを感じたり、
文さんの息子さんとのやりとり、原爆について語り続けないといけないという使命感、
その後の素晴らしい出会いなど、勇気付けられる部分も多く、学ぶ部分も多く、
これからも頑張ってほしいと心から思いました。
(2008年5月24日)