広島「プチ同窓会」旅行記
2007年7月16日 4日目後半 広島観光

(広島城)
JUNの運転で広島観光へ出かけることになった。JUN、あやぴー、私の三人で広島平和記念公園に行った。
マルちゃんと赤ちゃんのT君はお留守番。
テレビでしか見たことのなかった平和記念祭典の会場。
毎年8月6日はここが人で埋め尽くされるとJUNが教えてくれた。
ここが広々としているのは、原爆で全てがなくなったところを再建しているから。
JUNの説明を聞きながら歩を進める。
いま私達が住んでいるのは平和な世界で、いまのここは緑豊かで穏やかな場所なのに、空気が重たく感じられた。
涙が出そうになるのをこらえながら歩く。なんて悲しい場所なんだろう。。。
「原爆の子の像」というのがあった。
2才で被爆し、12才でその短い生涯を閉じたさだこちゃんがモデルになっているそうだ。
さだこちゃんのために折られた千羽鶴は、今は平和のシンボルでもあり、世界各国から広島平和記念公園に
届けられている。あやぴーにもそのことを説明した。まだ小さいので理解不能かと思いきや、ほんの少しながらも
思うところがあった様子。自分もさだこちゃんのために絵を描き、千羽鶴を折ってあげたいと言い始めた。
そして、「誰が広島に爆弾を落としたの?」「どうして?」「アメリカには今も爆弾があるの?」と
次々に質問してきた。
そう、アメリカに限らず、原爆は今も存在し、多くの人々を一度に殺戮する兵器も普通に流通している。
戦争は世界のどこかしらで必ず起こっていて、その様子をテレビで見ない日はない。人々の命が奪われ、
生活環境が破壊され、親を失い、子供を失い、残るのは悲しみばかりである。一生続く傷跡を背負う人もいるし、
貧困状態の中暮らしていかなければいけない人もいる。どうして戦争になるのだろう。。。
「フランスは核実験してたよね。」とJUNが言った。そういえば、フランスが核実験をしていた頃、
日本ではフランス製品の不買運動があった。フランスに住む私も、核実験には反対だった。
なぜ核実験をする必要があるのか。そのお金があったらどれだけの人の生活を救えたか。。。
ゆっくり歩きながら色々なことを考えた。考えても正しい答えはわからないし、私などは何の力にもならない。
「日本に原爆が落ちたのは良かったことなんだ。アメリカのおかげで戦争が早く終わったんだ。」という人も
たくさんいるだろう。私だって、日本が戦争に勝って、軍事国家になっていたらと思うとぞっとするし、今の日本でよかったと思っている。だけど、実際ここに来て、ここの空気に触れ、原爆ドームを目の当たりにしたら、
どんな理由があれども原爆を肯定することはできない。これが正義でないことだけは絶対確かだと心から思った。
こんなことは二度と繰り返してはいけない。。。
悲しみいっぱいのひとときではあったが、連れてきてもらって本当に良かった。
今回は時間が遅くて原爆資料館は見れなかったので、あやぴーがもう少し大きくなってからまた訪れたいと思った。
広島城まで足を伸ばす。原爆で全てなくなった後に立て直したものだそうで、歴史的な価値はない。
しかし、被爆してもなお生き続けるユーカリの木があったり、池を見ていたら勢い良く飛び跳ねる魚がいて
びっくりしたり、再建された天守閣を見上げたり、静かで心地良い時間を過ごした。
あやぴーがお腹空いたと言い始めた。本当はお好み焼きを食べるはずだったのだが、すごい混んでいたので、
回転寿司のお店に入ることにした。ここでも結構待ったがその甲斐はあった。JUNと私は取るものが似ていて
笑ってしまった。シマアジ、小鰯、うなぎ、生エビ、オニオンサーモン、ポン酢で食べるカワハギなど、
今日もおなかいっぱいになるまで食べてしまった。梅酒もおいしかった。
JUNの家に戻り、ドイツの食後酒をごちそうになった。食べ過ぎの体に染み入る味でうれしかった。
マルちゃんと三人でおしゃべりしている間、あやぴーはテーブルで絵を描いていた。
そこには、サダコちゃんをイメージした女の子と折り鶴の絵が描かれていた。
広島平和記念資料館
http://www.pcf.city.hiroshima.jp/私達は時間が遅くて中に入れませんでしたが、
公園内を散策するだけでも感じるものはあります。。。
広島城
http://www.mogurin.or.jp/rijo.htmlつづく・・・
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